掛川城



掛川城の歴史を訪ねる。
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本丸跡
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大手門
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の模型
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天守(再建)

通称 懸川城、懸河城、雲霧城、松尾城

城郭構造 平山城

天守構造 複合式望楼型3重4階(1996年 木造復元)

築城主 朝比奈泰煕

築城年 文明年間(1469年–1487年)

主な改修者 山内一豊

主な城主 朝比奈氏、山内氏、太田氏他

廃城年 1871年(明治4年)

遺構 二の丸御殿・太鼓櫓・石垣・土塁・堀(いずれも一部)

指定文化財 国の重要文化財(二の丸御殿)

再建造物 天守・門



掛川城は戦国時代には東海道を扼する遠江国東部の中心、拠点として

掛川はしばしば争奪戦の舞台となった。朝比奈氏によって逆川の北沿岸

にある龍頭山に築かれたとされ、現在見られる城郭の構造の基本的な部分

は安土桃山時代に同地に入封した山内一豊によるものである。

本丸を中心に、西に搦手、南東に大手を開き、北に天守曲輪である

天守丸、その北に竹之丸、南に松尾曲輪、西に中の丸、東に二ノ丸と

三ノ丸、その南を惣構えで囲んだ梯郭式の平山城であった。明治以降は、

廃城令によって廃城処分とされ建物の一部を残して撤去され、道路や

庁舎の建設によって大半の遺構が撤去されている。現在は、1854年に

倒壊した天守や一部の建物、塀が復元され、堀や土塁、石塁の復元が

行われている。城跡の整備が城下に至り、電柱の埋設など都市景観の

配慮に及んだ。


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posted by oojijisun at 11:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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